こんにちは。管理人です。今回は前回のつづきでアメリカのセカンドチャンス文化の考察をしていきたいと思います。 4.キリスト教の施し 前項では「セカンドチャンス」を与えるための制度的な枠組みを論じた。一方でアメリカ社会においては、「セカンドチャンス」を与えることについて、人々の間に共通する考えはあるだろうか。 アメリカは多人種多民族国家であり、さまざまな価値観が存在する。しかしながら、アメリカには、人々に共有される価値観があるとも考えられる。それは、宗教であり、キリスト教である。アメリカ人の7割、もしくは8割は、キリスト教徒であると言われている。キリスト教とは、どんな宗教なのか。多くの宗教においては赦しが伝統的に美徳とされている。なかでも、キリスト教では、赦しが高く評価されている。なぜなら、キリスト教の神は悪を受け入れ、罪深い人間を赦す唯一の神だからである。 1957年8月19日、アーミッシュ居住区で2人組の若い非アーミッシュ男性が金銭目当ての強盗をし、農夫が殺される事件が起きた。この事件でもアーミッシュは犯人への憎しみを全く示さず、殺された農夫の家族は、犯人に復讐したい気持ちを持たなかった。殺された農夫の父親は、息子のことを思うのは辛いといっていたが、殺人犯に「神があなたをお赦しになりますように」と伝えたという。殺人犯は、裁判で死刑判決を受けた。しかし、アーミッシュから殺人犯の寛大な措置を求める手紙が殺到した。アーミッシュは、犯罪には報いが伴うべきだと考えているが、助命嘆願をしなければアーミッシュとして非難を免れないともしている。37 ここから、アーミッシュは犯罪者に対して、一生憎むのではなく、寛容な気持ちが必要だと考えていることがわかる。聖書のある一節には、もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたの過ちをお赦しになる。しかし、もし人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しにならない、という言葉がある。アーミッシュによると、アーミッシュの赦しはキリスト教の赦しそのものである。 アーミッシュはアメリカ国内における少数派のクリスチャンであるが、一方でこれらの事件によって、多くのクリスチャンのアメリカ人たちが自らの信仰を省みることとなった。アーミッシュの小さな町ランカスター(ペンシルヴァニア州)で起こった事件は、多くの共感を呼び、赦しがア...