スキップしてメイン コンテンツに移動

ラスベガス出張(前編)

こんにちは!管理人です。先月の更新が出来なくて申し訳ございませんでした。

実は私用のPCが壊れてしまい、更新が出来ませんでした。早く新しいマシンを手に入れたいです。そして2ヶ月ぶりの投稿となる今回は先日仕事で訪れたラスベガスの様子を投稿しようと思います!それでは早速振り返って行きましょう。

まず、最初に驚いたのは空港にスロットマシンがあったこと、さすがラスベガスですね。どうやらこれは余った小銭を回収する狙いで設置されているようです。


そして別の場所にはリアルなトカゲ?のモニュメントが。砂漠地帯を感じさせますね。

荷物をピックアップし空港を出るとそこからカジノホテルのスカイラインが見えました。奥のピラミッドみたいなやつはルクソールホテルですね。

自分はマリオットに宿泊。なかなか良いお部屋でした。ちなみに朝食付きです(後述)




チェックインを済ませたら早速夕飯へ。この日は同僚とホテル近くのメキシカン料理屋へ行くことに。その道中ホテル近くにあるWynnが見えました。暗闇にシャンパンゴールドが映えますね✨

メキシカン料理屋で注文したのはケサディーヤ(右)とタコスx2(左)。どちらも本場の味を楽しめました!この日はその後ホテルのレストランで一杯飲んで就寝しました。しかし、時差ぼけのせいで翌朝3時くらいに目が覚めてしまう、、、その時に撮影したホテルからの景色です▼

翌朝はホテルのレストランで朝食ブッフェ。コンチネンタルブレックファストはアメリカに来た感じがしますね。

朝食後、展示会の準備があったのですが、思いのほかやることが少なかったのでホテル近くのモールに買い物に行くことに。その道中に黄金に輝くトランプタワーを見つけました。ものすごくド派手ですね笑

ショッピングモールでは中にLids(帽子屋)があったのでそこでラスベガスに本拠地を構えるマイナーリーグチーム、アビエイターズのキャップを購入。
また、こっちで一度は飲もうと決めていたコーヒービーン&ティーリーフがあったので、注文。このヘーゼルナッツラテが美味いんですよねー。


さらにその後、私が好きなOctober's Very OwnというアパレルショップがWynnの中にあると聞いたのでWynnに移動。中はゴージャスで高級ブランドが並んでいました。


OVOではTシャツを購入。店舗限定アイテムなのでゲットできて大満足でした。今は閉店してしまった東京ストアにかつて通っていたことを店員さんに伝えたら、とても喜んでいました。

この日はその後特にやることがなかったので、そのままホテルのレストランで夕飯を取ることに。チキンウィングを注文してみました。BBQソースがしっかり絡んでいて美味しかったです。

とりあえず前編はここまでにします。後編はカジノホテルでのディナーやお土産のお菓子などの画像をアップしようと思います。それではまた次回。

コメント

このブログの人気の投稿

幻の英雄ボビーフィッシャー

  こんにちは。管理人です。最近なかなかネタが無くて困っているのですが、日本では将棋の藤井壮太さんがタイトルを獲得し話題になっていますね。そこで今回はアメリカで幻の英雄の異名を持つ天才チェスプレイヤーボビー・フィッシャーについて解説したいと思います。 生い立ち ボビー・フィッシャー(Bobby Fischer、1943年3月9日 - 2008年1月17日)は、アメリカ合衆国のチェスプレーヤー。チェスの世界チャンピオン(1972年 - 1975年)。本名ロバート・ジェームズ・フィッシャー(Robert James Fischer)。 1943年3月9日、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴにおいて誕生。その後ニューヨークのブルックリンに移住。母親のレジーナ・ウェンダー・フィッシャーは当初ハーマン・J・マラーに秘書として雇われたが、マラーに才能を見い出されて、医学を学ぶように薦められた。父親のハンス・ゲルハルト・フィッシャーは、ハーマン・J・マラーと共にモスクワの大学へ招聘された生物物理学者である。2人はモスクワで結婚し、娘のジョーンが生まれた。しかし、ソ連で反ユダヤ主義が広がり出すと、ユダヤ人の2人はパリへ移住した。後にレジーナは離婚し、国籍を持っていたアメリカへ子供を連れて移住するが生活は苦しく、ジョーンを父親に預けていた。また、シカゴの病院でロバートを出産した時には、ホームレス同然だった。出生証明書にある父親の記入欄にはハンスの名が記載されているが、彼は生涯アメリカに入国したことはなかった。1949年(6歳)、ボビーの姉は、落ち着きのない弟を静かにさせるため、1ドルのチェス・セットを与えて、チェス・ゲームの簡単なルールを教えた。そこでボビーは、すぐにチェス・ゲームの虜となった。1957年(14歳)、インターナショナル・マスターとなる。 翌年(1958年、15歳)、グランドマスターとなる。15歳でのグランドマスターは、世界最年少記録だった。だが、1962年(19歳)、国際舞台から引退した(但しアメリカ国内の大会には出場した)。 プレー・スタイルにはボビー・フィッシャーならではのものがある。例えば、1956年の対ドナルド・バーン戦において、クイーンをわざと捨てることで、勝利した。また、1963年の対ロバート・バーン戦においても、ナイトを捨てて勝利した。しばしば、「天...

ハワイの巨大ネコの謎

  こんにちは。管理人です。先月はお休みしてしまいすいませんでした(なかなかネタも無いもんで^_^;) 皆さんは猫はお好きでしょうか。私は好きです。野良猫なんかを見つけるとついつい写真を撮ってしまいます。都内で目撃する野良猫は家猫サイズですが、田舎に行くと山猫という大型犬並みの大きさの猫を見たりすることもできますよね。 なぜ猫の話をしたかというと、先日こんなニュースを見つけました。 「ハワイで目撃された謎の猫」 去年の8月のニュースですが、ハワイ島(ビッグアイランド)でピューマサイズの大型猫が目撃されたというのです。アメリカ本土では山猫は山岳部などに生息しています(ボブキャット、リンクス)またハリウッドなどにもピューマがいたりします。 目撃されたポイント しかしハワイでの目撃情報は少なく、調査もあまり行われていません。なぜこのニュースを取り上げたかというと、 実は私自身が2014年末にマウイ島に旅行した時にホテルの敷地内でこのサイズの猫を目撃していたのです! 状況としては夜に知人の部屋から自室に戻るときに林の茂みにゴールデンレトリバー並みの大きさの猫のシルエットを見たのです。すぐにハワイの山猫をググりましたが、該当するような情報はありませんでした。その後は何かの見間違えかと思い何年も過ごしていましたが、上記のニュースを見て見間違えじゃなかったんだと思いました。 現在地元では捜査が続いているようですが、現地民もあんな大きな動物がいたら怖いと思うので、早く真相が知りたいです!でもハワイの自然って以前から謎が多いことで有名なんですよね。特にハワイ島はジュラシックパークの撮影地にもなっていたはずです。何だかロマンというかワクワクしますね。 「幻の猫」みたいな異名が付いたりするのでしょうか。UMAを見た気分です。とにかくあの猫を見れてよかったです。続報が出次第ブログを更新します。それでは。 実際の映像

アメリカの危険生物たち

8月9日午前0時ごろ、松本市安曇の北アルプス上高地にある小梨平キャンプ場で、テント泊をしていた東京都の50代女性が、食料をあさりに来たとみられるツキノワグマ1頭に襲われ、右脚を10針ほど縫うけがを負った。命に別条はない。周辺では7月下旬から熊が目撃されており、環境省中部山岳国立公園管理事務所がわなを設置するなどして警戒を強めていた。同キャンプ場は襲った熊が捕獲されるまで閉鎖となった。 このような動物による被害は当然アメリカでも度々起こります。では、アメリカではどのような生物による被害があるのでしょうか。 ピューマ カリフォルニアのグリフィス天文台付近での目撃例もあります。 ワニ フロリダを代表する生物ですね。フロリダ大学のスポーツチームはゲーターズという名前が付いており、フロリダのアイコンになっています。ちなみにゲータレードという飲み物はこのゲーターズとエイドの造語です。 サメ サメは東海岸にも西海岸にもいます。ただフロリダでの事故などが多い印象です。ジョーズさながらのホオジロザメもいます。上述のワニに引き続き、フロリダのクリアウォーターにあるスラッシャーズという野球チームはサメがモチーフになっています。 ガラガラヘビ 猛毒で知られるガラガラヘビ。噛まれたら手足を切断しなければならないことも。とんねるずの楽曲でもガラガラヘビを題材にしたものがありましたが、あんなにかわいくありません(笑) ちなみに英語だとdiamond backと言います。MLBにもアリゾナ・ダイヤモンドダイニングというチームがあります。つまりアリゾナに生息しているということですね。 グリズリー コロラドなどに生息しています。メンフィス・グリズリーズ、シカゴ・ベアーズなど熊に関する名前のプロスポーツチームは多いです。 バイソン モンタナ、ノースダコタなどに生息しています。アメリカでは食肉として扱われることもあります ヒアリ ※キモいので画像はなし 日本でも最近増えているヒアリ。アメリカでは刺されて重傷化したケースも多くあります。 いかがでしたでしょうか。今回は短くこのくらいで終わりたいと思います。ではでは